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遠距離介護とゴミ屋敷問題

不仲な親の介護と実家のゴミ屋敷化に悩む皆さんへ

大好きな介護スタッフさんとお別れ

デイサービスデビューから、人と上手くやれない母のお世話をしてくれていたスタッフさんが退職することになりました。

 

通い出した頃、無駄なプライドで偉そうな態度を取って他の利用者さんを不愉快にさせてないだろうか?と心配で、朝夕の送迎をしたり、おやつの時間に突撃訪問して様子を見に行ったりしたものでした。

 

なぜデイサービスに来てるのかわからないなりに、一応はよそ行きの顔を作って周りに溶け込んでいるていでホッとしました。

 

私におやつの今川焼きを「ほら、食べなさい」とちぎってくれて、協調性ゼロなりに対応できてるようでした。

 

当時は認知症の初期〜中期ぐらいで、まだ病識があったんですね。

 

その頃から朝夕の送迎や日中のお世話をしてくれて、母が一番心を許しているスタッフさんでしたし、私や父とも個人的な会話が多く帰省のたびに挨拶を欠かしませんでした。

 

腰椎圧迫骨折した母を、仙台の定義山遠足に連れて行ってくれたのも彼女でした。

 

もう治っているにせよ、まだコルセットしてるし車椅子だから皆さんの迷惑になるのでと遠慮しましたが「大丈夫ですよ」と、同行してくれて名物の油揚げをお土産に買ったり、お参り写真を撮影してくれたり実に見事な手際でした。

 

ほんのひと時でも母と関わってくれて、私や父が楽な気持ちで過ごせて本当に救われました。

 

昼休み会いに行き、お礼をきちんと言えて良かったです。

 

これからも多くの人との出会いを楽しみにしています。

医療機関がバリアフリーじゃないなんて

母を歯科の定期検診に連れていくのですが、長年通ってカルテのあるそのクリニックは緩やかな勾配を利用した土地にあります。

 

なので駐車場から玄関までは階段になっています。

 

以前なら気づかなかった、健常者しか受診できない構造ですね。障がい者の駐車スペースすらありません。

 

オープン当時若かったドクターもそこまで見通しがきかなかったようです。

 

母の足元がおぼつかなくなり、認知症で慣れない場所で受診するのが難しくなり、数年前までは本当は規則で禁止の送迎をケアマネさんがしてくれていました。特別待遇でした。

 

今回は私も父も体調不良なので、サービス会社さんにお願いしました。

 

私はショートステイ中の母を施設に迎えに行き、スタッフさんに車に移乗してもらい、歯科でサービス会社さんと待ち合わせて診察室まで連れて行き、受診後またショートステイ先へ送りました。

 

待ち時間にサービス会社さんと訪問歯科に切り替えたいという希望と、父の健康も心配なのでもう少し支援やサービスを利用したいというお喋りをしました。

 

母の時は急に症状が進んで、私の心が受け入れられる前に役所の書類やらなんやらで混乱しヘトヘトになりました。相談先の選択肢や知り合いも少なかったので一人で勝手に深刻になってしまい、この世の終わりぐらいの心境でした。

 

今は相談・雑談できる相手が複数いて、深刻になる前にすぐ動くので悩む時間は減りました。

 

明日から母のショートステイを追加で組んでもらい、父の受診予約、サービス会社さんに家事支援のお試し利用まで設定しました。

まず自分のコップを満たそう

新幹線で認知症の母の介護に通いながら、掃き溜めのようなゴミ屋敷片付けに四年の歳月を費やしました。

 

40年以上モノを捨てない生活をしていた老人は、ガラクタ処分を極度に嫌がります。

 

廊下も部屋の四隅も家具だらけで、動線すらなく救急車が来ても担架を出せず、裏窓から母を出すハメになりました。

 

ひたすらガラクタゴミを解体→搬出するだけの歳月。私の心身がおかしくなってきました。

 

肩甲骨内側の刺すような痛み。2つのピンポン玉大の塊が、いつも痛くて呼吸が浅く憂鬱です。

 

かなりのドクターショッピングをしました。座禅、気功、太極拳など呼吸と姿勢にアプローチする習い事にも通いました。

 

根本原因を取り除かない限り気休めにしかなりませんでした。

 

ある日、頭皮が痒くて大きなコブができていたので鏡で見るとそこだけ禿げていました。

 

なんかもういろいろ無理かもしれない。

 

皮膚科で漢方薬を処方され、美容院で相談してその月はカラーリングをやめました。

 

「まず自分のコップを満たそう」と思うできごとでした。 

老いることが理解されない

高齢になるとどうして介護が必要になるのか、核家族の多い現代ではなかなか理解しにくいようです。

 

家におじいちゃんやおばあちゃんがいないんですものね。

 

人がどのように老いていくのかリアルで分からなくても仕方ないでしょう。

 

老人を見て、身体の自由がきかなかったり持病があったり聞き分けがなかったりああなりたくないな、と思う若者も多いでしょう。

 

人によりますが太平洋戦争を知っていて、アニメに出てくる疎開とか配給とか、神武景気や高度経済成長やオイルショックやバブルまで体験してるんです。

 

社会の歯車としての役割を全うした方も多いと思います。

 

それで今があるんですね。

 

自分たち世代の価値観やモノの見方が世の中の全てではないこと。なかなか噛み合わない彼らの背景を知ることで、ちょっとだけ距離が縮まるかもしれません。

 

今が健康でも確実に老化していること。体調がコントロールできなくなっていくこと。それらを受け入れるしかないこと。

 

急に老眼になったり耳が遠くなったりするわけじゃないんですよ。絨毯につまづいて転倒する日がくるなんて想像すらできなかったはずです。

私には必要ありませんと連絡手段を持たない高齢者

あなたが必要なくても、こちらは必要なんですよ。

 

何か申し込みをする。固定電話でもいいですよ、連絡取れるなら。でもいつも外出してて取らないじゃないですか。そのうえ留守電機能もない。

 

こちらは時間を見ながらまた掛け直すのが手間なんです。相手に負担をしいてるって気づいてますか?

 

自分のペースで生きるのも結構ですけど、この状態で災害や事故が発生しても自業自得です。安否確認できないんですから。

 

要は面倒で覚える気がないってことでしょう。すぐに若い人批判するけど、連絡つくようにしておくのは最低限の責任じゃないでしょうか。

 

変化を嫌って新しいものを取り入れないのに、自分だけは助かりたいとか、どうにかしてもらえるだろうなんて。

 

かかってこないから要らない、はそちらの理屈です。どうぞ自分から発信して下さい。待っていても誰も連絡なんかしません。