遠距離介護とゴミ屋敷問題

不仲な親の介護と実家のゴミ屋敷化に悩む皆さんへ

ヘルパーさんは生き字引き

朝夕3人のヘルパーさんがシフトを組んで母のお世話にきてくれます(三人官女と父が命名)

 

どの方もお身内に認知症のご家族を抱えていたりで、こちらの心情を受け止めてくれます。

 

ヘルパーさんは日常生活のお手伝いだけでなく、メンタルケアもしてくれます。

 

これまでデイサービスの送り出し、帰宅後のお世話を1人孤独にやっていた父は、楽しく雑談しながら食事介助やオムツ替えをやってもらえてかなり負担が減りました。

 

ヘルパーさんは他の利用者さんのところで仕入れてきたお役立ち情報や、楽になる介助方法をどんどん提供してくれます。

 

このところ母の歯の具合が悪く、通院から訪問治療に変えた話をしたときは、入れ歯を縦に飲み込んでしまった利用者さんと救急車に同乗して掃除機のような機械で吸い取ったなど、いざという時ためになる話題を提供してくれます。

 

私は友人のお母様が入れ歯を誤飲したことによる誤嚥性肺炎で亡くなられたので、歯のメンテナンスが気がかりでした。

 

長く通院していた歯科では「様子を見ましょう」ばかりで具体的な治療がなにもないので、訪問歯科のアクティブな治療をしてくれるドクターに変えました。

 

1人で介護していると、正解がないだけに手間取る面倒なことを黙々としていたり、それでメンタルがおかしくなったりもします。誰も助言してくれないからです。

 

多くの人に関わってもらって情報共有するのが包括ケアですから、病院を変える自由やより楽になるための工夫をしなければ老々介護×遠距離介護などできるはずもありません。

 

つまらない拘りを捨て、たくさんの人のお世話になりながら母の介護をしていきます。

 

 

大好きな花、夾竹桃

この時期、至る所で赤・白・ピンクの花を見かけ、わりと長く楽しめるので嬉しい季節です。

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私はこの夾竹桃という花を太宰治の黄金風景(だったかな?)という小説の中で知り、そういえば実家にこの木があるのに花をつけたのを見たことがないなぁと長年思っていました。

 

関東以北では花が咲かないらしく、津軽出身の太宰も地元では見たことがなかったようです。

 

しかしこの数年の地球温暖化で、ついに東北の実家でも花が咲くようになりました。

 

私は現在千葉に住んでいるので東北より断然暖かく、小説に出てくる太宰治の夾竹桃も船橋中央公民館に移植され今でも元気に花を咲かせているのが見れます。

 

わりと市民はスルーしがちな場所ですが、私はそこに書かれている説明文をじっくり読んで1人でニヤニヤしています。

 

防犯意識の地域格差

地方の田舎で施錠して外出していると留守中に訪ねてきた人が逆に心配したりします。

 

「なんで鍵なんかかけて出掛けたの?」って。

 

都会の人には理解不能だと思いますがそういうものなんです。最近でこそ減ってますがね。

 

だからセキュリティーシステムを入れてるお宅は少ないです。必要ないので。

 

一番確実な他人の目がいつも監視に近い感じで見守りしてくれています。

 

首都圏と大阪での生活が長い私は、自転車盗、車上荒らしは何度も、朝起きたら駐車場から忽然と車が消えていた、マンションの最上階に指名手配犯が住んでいて、私の部屋のベランダに避難はしごで降りてきてそこで逮捕された等かなり怖い思いをしました。

 

なにか特定の恨みを買ったのではないか?と不安になりましたがそういうわけではなく、たまたまだったようです。

 

だったら気をつけるしかないので地方だと使わなくていい神経を使って疲れてしまうのです。

 

いつも都会と田舎を往復している私はこの切り替えどきが難しく、今どっちにいるんだっけ?と自分の居場所を確かめたりしています。

 

 

父が寂しいとこぼすようになった

これまで多くの人に囲まれ生活し母の介護も私や近所の叔母、施設のスタッフさんに協力してもらいながらやってきたけれど、四月に体調を崩してから弱気になってきたようです。

 

私とは毎日メールをしあっているし電話で話すこともあります。

 

連日多くの訪問者があり一人になる時間は日曜日ぐらいで、自身の通院や習い事、読書、畑仕事、家事、合間に食材の買い出しなど暇な時間はありません。

 

田舎なので、行った先々で知り合いに会いお喋りもできますから本当の孤独とは違います。

 

それでも私が滞在しているとことさら意欲的になれるようで、テレビを見ながらのどうでもいい会話や通院に私が付き添うといったささいな事が本当に嬉しいようです。

 

そんなものなんですね。

 

長く連れ添った配偶者がもう自分を認識してくれない。感謝もされない状況での介護はとても虚しいのだと思います。

 

でも私がその虚しさ寂しさを取って代わることはできないのです。

寧舎一頓飯、不舎子時眠

子(ね)の刻(23時〜25時)の睡眠を放棄するぐらいなら一度の食事を放棄したほうがいい

 

一度の食事より子(ね)の刻に寝るほうが大事

 

そのぐらいゴールデンタイムと呼ばれる時間帯に眠ることの重要性をかたっています。

 

東洋医学ではそれぞれの経絡が流れ治療に適切かつ病気の現れる時間帯があって、疎かにすると自然治癒力も発動しないという考え方なのですね。

 

鍼灸ドクターが子午流注図を手書きしてくれて、丁寧に解説してくれました。

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子の刻(23時〜25時)は胆石が痛む時間帯、寅の刻(午前3時〜5時)に肺の変調を感じて眠れないのは肺癌かもしれません。

 

卯の刻(午前5時〜7時)は排泄の時間帯で、朝食を摂るよりもまずは出すほうが大事とのことです。

 

陰陽が切り替わる時間帯(12時24時)は休息に充てなさいということです。

 

私は更年期で身体のバランスが揺らいでいるところに介護疲れが重なり未病(病気ではないけれど、病人よりになっている)状態です。

 

自分の疲労を素直に認め、緩くやっていく方法を探しつつも心が乱れることが多々あります。

 

心を強くするために身体のケアと柔軟さと、理解してもらえる環境を自分で見つけないと辛いですねぇ。

 

さいわい、会うだけで元気になれる人が何人かいて恵まれているのでエネルギーチャージできているようです。