のぞみのデュアルライフ(2拠点暮らしと養生方法)

不仲な親の介護と実家のゴミ屋敷化に悩む皆さんへ 

状況理解できない人とは付き合えない

しょっちゅう実家に帰ってるからって暇じゃないんですよ。

 

お茶しようとか言ってくれても、暇な人に合わせる時間はないんです。

 

私は自分の体調が万全でないなかで、母の身体介助や役所や施設の書類手配、周辺への挨拶や根回しを限られた時間でやっています。

 

父の介護疲れ解消のために私が家事を代わり、ピアノ教室の大家さんをしているので、管理会社さんや講師さん、生徒さんとコミュニケーションをとる時間をとても大切に考えています。

 

その合間にリフレッシュになるならまだしも、煮え切らない彼氏の話とか聞かされてもね、自分で解決できるでしょう?

 

 

お別れはある日突然に

従兄弟の娘が急性心不全で急死したので、幡ヶ谷までお別れに行ってきました。

 

小さい頃から闊達で旅好きで元気な子でした。

 

シェアメイト(同居人?彼氏?)はいつも深夜帰宅で、異変に気づいた時はもう間に合わなかったようです。

 

去年、彼女の祖父(私の伯父)の葬儀で会った時も元気でしたが、先月の一周忌では調子が良くないと話していたそうです。

 

お通夜には同僚や同級生など多くの参列者が来ていました。

 

精進落としを戴いていたら、元夫のご両親が福岡から駆けつけてくれました。

 

離婚後も相手の親御さんとは仲良くしていて、娘のように可愛がってもらっていたようです。

 

私の従兄弟夫婦とも気さくに話をしていて、いい関係だなと思いました。

 

棺の中のまだ36歳の彼女はお人形のように美しくてびっくりしました。ブータンに行った時のお気に入りの服を着ていました。

 

彼女の母親や妹はパソコンもスマホもロック解除できず、今の子は紙で何か残すとかもないからお友達に連絡が取れなくて困っているとの事でした。

 

飾ってあった写真は何人かの友人から提供されたものらしく、どれも楽しそうな笑顔でした。

 

お別れはある日突然やってきます。自分が嫌になって離れたり、相手から距離を置かれたり、先に向こうの世界へ行かれてしまったり。

 

でもまたどこかで接点があるかもしれないし、ないかもしれません。

 

小学生時代から毎年友達が黄泉の国へ旅立つ経験をした私は、また別の時間軸で会えるような気がしています。

 

だから肉体を失ってもそんなに悲しまなくてもいいんじゃないか、なんて最近は思うのです。

認知症に抗うのをやめた日

私と一緒にいるときの母のあきらかに機嫌の良い表情・態度を見て、治らない病に無駄に抵抗することがどうでもよくなりました。

 

 

進行を緩やかにするしか治療方法はない。なら効果の期待できることをやろう!と母の意向をほぼ無視して多くの方法を取り入れましたが、なんというかもうやりきったのでしょうね。

 

 

言葉がうまく出ないなら、ちょっとだけ先回りして察してあげればいいし、オムツ交換のタイミングや、手洗いの時いつまでも水遊びしていたいならある程度までさせておこう、とか。

 

 

諦めに近いのかな。 

 

 

本人はしたいようにしたいだけなんですね。

 

 

それを早く、とか急かされてもね。

 

 

よくメディアなどで○○さんは認知症と闘っているというような表現をするけれど、私は闘う病じゃないと思っています。

 

どれだけ受け入れられるか試されてるのかしら?という感じですね。

怖いシンクロニシティ

緑内障の定期検診を受けると毎回目薬を処方されますが、その日たまたま調剤薬局が閉まる時間だったので受け取りませんでした。

 

翌日処方箋を持って出掛けると、対応してくれた薬剤師さんが母と同姓同名でした。えええっ

 

実家がピアノ教室をやっているのですが、長年教えにきてくれた講師さんがご主人の転勤で辞めることになり、後任講師の紹介をされたら小学校からの同級生でした。(30年ぶりの再会‼︎)

 

毎週のレッスンでウチの親の見守りをしてくれていて本当に助かっています。

 

母の通う施設に面会に行ったら、ここでも同級生が働いていました。(やはり30年ぶり‼︎)

 

実家のゴミ屋敷片付けに辟易していたら、SNSのシェア記事で囲炉裏テーブルを欲しがってる方がいることがわかりました。

 

長年階段下で埃だらけになっていた囲炉裏の写真を送ると「是非譲って下さい」といわれ、日本橋馬喰町のゲストハウス

www.irorihostel.com

のロビーに置いて戴けることになりました。

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広報用のモデル役でプロカメラマンに撮影して戴き、オープニングセレモニーにもお呼ばれされました。

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ここでは作家の田中康夫さんの対談や外国人アーティストの撮影、料理教室やエシカルファッションのエブリデニムさんの藍染ワークショップなど様々なイベントが行われています。

 

ここのイベントで毛筆デザイナーさんと出会い、書道を習っているお話をしたら筆選びを教えて下さると嬉しいお返事を戴きました。

 

父の言動がおかしくなった日、私を迎えにこようとしたら偶然にも車のバッテリーが上がり、事故を起こさずに済みました。

 

他にも数えきれないほどのシンクロがあります。

 

どうやら私はプログラミングされた中で泳がされているのかもしれません。

 

 

 

毎日感じる幸せと安心

毎日欠かさず17時過ぎに、離れて暮らす父からメールがきます。

 

安否確認と、その日の母の様子を詳しく教えてくれます。少し遅くなるとやはり不安になります。以前、連絡がなくて翌朝電話をしたら、夜に躓いて転倒し3時間気絶していたと知らされました。

 

高齢者の場合「便りのないのは悪い便り」と思ったほうがいいかもしれません。

 

3時間動かない父を前に、認知症の母は何が起きているのかわからず、ただぼんやり過ごしていたようです。

 

翌朝デイサービスの送迎さんが、傷だらけの顔の父を見て驚いたそうです。咄嗟に手をつけなかったらしく顔と肩を強打したそうです。

 

念のため近くの脳神経外科で撮影してもらって無事を確認しました。

 

たいていは心構えなどないところに急な連絡が入ります。動揺して当然です。

 

常日頃からのマメな連絡とすぐ動いてもらえる近所の人との密な関係を築いておきたいものです。