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遠距離介護とゴミ屋敷問題

不仲な親の介護と実家のゴミ屋敷化に悩む皆さんへ

宮城県沖地震

実家のある宮城県はもともと地震の多い土地で、何年かごとに大小さまざまな地震が起きていました。小5の6月のある日、友達の家で一緒に宿題をしていました。おそらくP波と呼ばれる最初の揺れで廊下のガラス窓が急にガタガタしだして「夕方になって風が強くなってきたのかな?」なんて話していました。そこから数分後、S波らしきものすごい横揺れ縦揺れが同時におそってきて、その日たまたま在宅していた友達のお父さんが私たち二人を身体を張って守ってくれました。食器棚もお父さんが押さえてくれたおかげで私たちは下敷きにならずに済んだのです。近くにいたお母さんは揺れてるあいだじゅう動けませんでした。腰を抜かしたのでしょうか。

 

揺れはおそらく1分もなかったのかもしれません。揺れがおさまってから暗くなる前に急いで自転車で帰宅しました。6月だったのでもうだいぶ陽が長くなっていて、近くの麦畑の穂が青々と伸びていたような気がします。出かける前に別棟の祖母に断っていったのに、祖母は私が出掛けていると母に伝え忘れたらしく、私が二階にいるとばかり思った母は必死に私を探したようです。私の部屋の本棚は倒れ、床に本が散乱していました。部屋中めちゃくちゃになり、プロパンガスだったからライフラインは止まらなかったように記憶しています。

 

この何十年、何百年かに一度起こる宮城県沖地震は、その後30年以内に起きる確率が7割とか言われ続けていましたが、小さな地震がしょちゅう起きるためなんだか揺れに慣れてしまい、危機感も薄れこれといった備えもせずにいたところ、さきの東日本大震災が起きたのでした。