遠距離介護とゴミ屋敷問題

不仲な親の介護と実家のゴミ屋敷化に悩む皆さんへ

徘徊Ⅱ

実は母が救急搬送され無事生還した前後にも徘徊がありました。それも一度や二度ではありません。運よく毎回見つかって保護されたり通報されたりでなんとかなっていたのです。最初の頃は徘徊といっても父の習い事を近くのイオンで買い物しながら待つのが習慣だったのに、待ち合わせ時刻に売り場にいないので店内放送で呼び出してもらうとかそんな程度のようでした。自宅から2キロほどの父が通院している眼科で診察を待っているうちにいなくなり、父が慌てて帰宅すると箒で庭掃きをしていたこともあったそうです。もともと歩くことをしない母の移動手段はもっぱら車だったので、歩いて見える景色を手掛かりに家に辿りつけたのでしょうか?30度越えの炎天下で10時間行方不明になったこともあり、捜索願いを出したもののもうだめかと思ったこともあったそうです。その時は誰か親切な方がペットボトルのお茶を買い与えて下さって、持たせた覚えのないお茶を手にしていたそうです。スリッパのまま出ていって、地元の介護交流会のメンバーさんがたまたま発見して声がけして下さり、その方の弟さんが消防署勤務だったので通報して戴いたこともありました。「見当識障害」という言葉がよぎりました。

 

極め付けは捜索願いを出して心当たりを探しても見つからず、それでは広域捜索をしましょうということになり警察犬を呼んだら出張費が有料で12000円だったことでしょうか。最寄りの所轄署に常駐していないものらしく、普段は隣町の訓練士さんのところにいて命令があれば出動する仕組みなようです。山林などに迷い込んだらさらに大掛かりな捜索をするのでもっと費用がかかるようです。この話は介護交流会などで徘徊を他人事と思ってる方に向けて毎回お話させて戴いています。

警察犬が到着すると同時に母が見つかったと連絡があり、警察犬はその日は出動しただけでした。認知症の「周辺症状」と呼ばれる見当識障害(自宅への帰り道がわからなくなる)や徘徊はわりと初期段階であらわれることが多いようで、なにか不安な気持ちがあったり、このところの記憶違いや釣銭の計算ができない、ここは自分のいるべき場所ではないのではないか?などまだ病識のある時に出るようです。夕暮れ時たそがれてくるとソワソワしだして「生まれ育った実家へ帰らなければ」と思い、家族がトイレなどに立ったわずか1~2分のあいだに裸足やスリッパのまま出ていくようです。認知症の人が鉄道事故を起こしてニュースになると必ず「なんで目を離したんだ!」と批判し、見守りする家族側も要介護2などでなにかしらの介護を必要としていたりするのに賠償命令を出された裁判事例など、まだまだ他人事であり啓発が足りないと感じています。

 

わずか1~2分の用事もできない、すべての行動に見守りを必要とする。もし自分の身内がそうだったら、同じように批判したり支払い能力もないのに数百万円の賠償命令を出せるでしょうか。そうなってみないとわからないことですよね。私もわかりませんでしたから。母が何度も徘徊を繰り返すので玄関ドアを3重ロックにしてチャイムをつけ、廊下や部屋の窓も開けにくくしてそれでも出ていくのでもうクタクタに消耗しきってしまいました。