遠距離介護とゴミ屋敷問題

不仲な親の介護と実家のゴミ屋敷化に悩む皆さんへ

介護帰省の始まりⅡ

携帯電話屋さんで父のらくらくホンというシニア向け携帯電話と母用のキッズ携帯の契約をして、現金で支払いを済ませてその場で本体を受け取りました。カタログや取説、パンフレットや充電器などの付属品があるのでけっこうな荷物になります。電話番号を付与されすぐに使える状態になりました。田舎のショップなので私達以外にお客さんはいなくて、思っていたより手続きはすぐに進みました。でもその日の朝から新幹線で大荷物を持ち、猛暑の中汗だくで帰省した私はもうクタクタでした。普段と違う環境で慣れないことをするのはすごく消耗します。携帯電話の手続きなんて自分だって2年ごとにするかどうかですし、使い方のわからない父の付き添いで窓口のお姉さんとやり取りするのは本当に疲れました。知っててしかるべきことがわからないと、いざという時に困るのですね。「いざ」はいつかわかりませんが、世の中の9割まで普及していることに疎いとこんな時困るのではないでしょうか。

 

携帯電話屋さんをあとにしてその足ですぐ近くの施設へ向かいました。晩夏の西日がかなりきつかった記憶があります。二人の男性ケアマネージャーに付き添われて、ぼんやりと表情を失った母が建物から出てきました。つい去年会った時とまるで別人です。あきらかに認知症の症状が進行しているのが私でもわかりました。初めてのショートステイに慣れないまま帰宅する時刻になって呆然としているのでしょうか。私を見ても誰だかわからないようです。話しかけると返事はします。父に「娘の顔を忘れたのか」と言われ「そんなことない」と否定するあたり、まだ自分の病状をごまかそうとしているようでした。初めて対面した若い男性ケアマネージャーが宿泊時の様子を説明してくれました。トイレではない場所で用をたしてしまったことや、入浴はせず身体を拭いただけにしました・・・など。ひととおりのやり取りをしてから母を車に乗せて家路につきました。

 

母は畳の茶の間に入るときにスリッパを脱ぐこともわからなくなっていて、それを怒鳴って正そうとする父とのやり取りを見て、そうでなくても朝から混雑する暑いなか新幹線で駆けつけた私はもうほとほとうんざりしていました。なんとか夕飯を終え後片付けをしてから入浴介助をする父は、誘導どおりに動かない母をまた怒鳴るのでした。怒ってばかりで疲れないのだろうか・・・ショートステイでふだんと異なる間取りで過ごして帰ってきて今度は自宅の間取りがわからなくなって混乱しているところにきつい言葉でいろいろ言われたらますます動けなくなるでしょう。いつも自分の勝手な都合ばかり一方的に押しつけるやり方は、介護の現場では一層とおらないものです。こんなやり方いつまで続ける気なんだろう?母の症状はこれから進行していくのに、温かく対応するでもなく発症前と同じ要求をしてそのとおりに動かないと怒鳴る。自分の親ながらあまりの愚かさに呆れてしまい私がどんなに頑張っても無駄な努力としか思えず、どんどん気持ちが冷ややかになっていくのでした。