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遠距離介護とゴミ屋敷問題

不仲な親の介護と実家のゴミ屋敷化に悩む皆さんへ

母の衣替え

10月の帰省は母の衣替えも仕事の一つです。ずっと仕事をしていた母はとにかく衣類が膨大で、専業主婦になってからも服を買い続ける生活でした。どこかフォーマルな場に出掛けるでもないのになぜそんなに似たようなデザイン・用途のものを何十着も持ってるのか・・・そしてすでにあるにも関わらずシーズンごとにさらに新しく買うのは習慣のせいなのか。長年の染みついた行動は立場が変わってもなかなか修正しにくいものです。

 

その頃すでにトイレは介助なしでできなくなっていたので、スカートは当然無理、ズボンはベルトを通してボタンやファスナーでとめるようなものはすべてアウト。ウエストゴムの楽なものしかはけなくなっていました。300着以上あったと思われるスカート、ボタン・ファスナーのズボン、ワンピース、スーツ、ジャケットの類は全部処分する運びとなりました。着ようと思えば着れる・・・という一番困る衣類の山の仕分けは想像以上に消耗する作業でした。流行遅れのものや劣化しているものは躊躇なくゴミ袋に入れられますが、買ったまま忘れていて値札がついた状態で数年経過したものが出てきたり「あの時着てたんだ!」などの思い出が急によみがえってきて、いさぎよかった私の手が止まる場面もしばしばありました。

 

振り返ればその時の衣類の断捨離などはまだまだ序の口で、自分なりに「ものすごく頑張った」気になっていましたが、あとからあとから膨大な量のゴミがらくたが出てきて心身共におかしくなるなど当時は想像すらできませんでした。45リットルのゴミ袋にいっぱいに詰めたものが暫定的に20個以上、月水金が可燃ゴミの日だからそれに合わせて搬出しなければなりません。父に一輪車の手押し車(宮城県ではネコといいます)に積んでもらってゴミステーションまで何往復もしてもらいました。捨てても捨てても、スカートやズボンについていた付属のベルトやアクセサリー、スカーフのような小物がどこからともなくあとからあとから出てきます。しかし少しでも「もったいない」とか「なにかに使えるかも?」などと考えてはいけません。その時捨てる判断を先延ばしにしたことが、のちのちの自分を苦しめることになるからです。躊躇する気持ちが沸き起こってもゴミ袋に入れてしまえばもう思い出すこともないし、また次のゴミが目の前に現れてついさっきの気持ちなどすぐに忘れてしまうからです。

 

そうやって帰省の一週間は日々開かずの扉状態のクローゼットや押入れのプラケースとの格闘で過ぎていきました。その頃から「親家片」と呼ばれる「親の家の片付け問題」に対応する書籍が書店の平場に置かれるようになり始めたと思います。ブームになった「断捨離」とも「ときめき」とも「ミニマリスト」とも違い、写真つきの実例で場合によっては片付けた人も顔だしして処分するのにどんな段取りを踏み、どのぐらいの頻度で通い、自宅や墓地の処分にさいしての手続き方法まで記載されていました。殆どの子世帯は定年退職したぐらいの世代で、私などよりずっと年上です。「同年代で共感・共鳴できる人がいない・・・」ふつうの片付け本と違い年配の人向けの構成にがっかりして、パラパラ立ち読みしただけで購入しませんでした。その本すらもいずれゴミになることは容易に想像つきましたから。