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遠距離介護とゴミ屋敷問題

不仲な親の介護と実家のゴミ屋敷化に悩む皆さんへ

実家の片づけ キッチン編Ⅱ

実は実家には400㍑の冷蔵庫がもう一台あって、リフォームする前キッチンだった場所にありました。今の冷蔵庫に入りきらない加工食品や栄養ドリンク、冷凍室は霜だらけの冷凍食品や食べきれず捨てるのも惜しいとその時思ったであろう、トレー入りの切り身魚やスライス肉などなどが山のように押し込まれていました。日付は何年も前のものでした。その当時から認知症が始まっていたのでしょうか。本当に後で食べるつもりだったのでしょうか。確認のしようがありません。

 

これらをいったん全部出してパッケージと中身を分別します。袋やトレーはプラごみで中身は食品なのでバケツにどんどん放り込んでいきます。糸こんにゃくや焼き海苔、カレイの干物などもありました。期限内ならちゃんと食べられたであろう食品がすべて廃棄処分です。金額に換算するのも恐ろしいです。そして生ごみ溜めになった冷蔵庫には常時電源が入っていて電気代もかかっています。製氷室の氷は解けては凍ってを何度も繰り返したようです。いったい何年この状態だったんだろう。考えるのも嫌になります。片づけの時はいちいち感情を入れないのが捗るコツです。せっかく新幹線で来てるんだから・・・とか経費に見合った成果を出そうと根を詰めても、途中で嫌になるし想像以上に疲れてしまうものです。その日は大きなバケツ二つにいっぱいの生ごみを処分しました。とにかく不要なものを家の外にださなければ!そういう視点で室内を見回すと役割を終えた不要品ばかりなのでした。

 

「いつか使うかも」「何かの為に」「高かった」この三つは実家断捨離のNGワードですね。いつかなんてほぼ100%こないし、何かが起きればその時のニーズは違っている場合が多いし、高かったのは買った当時の価値ですでに償却済みです。つまり時間軸を「今」に置くことが大事なのですね。今を生きているわけですから。今と照準の合わない暮らし方をしていれば実際の生活と所有しているモノとの間にズレが生じます。不要になったモノの放置時間が長ければ長いほど実生活との乖離率が高くなり、片付けする立場になった人を苦しめます。「お片付け」レベルの話ではなくなります。「人に迷惑をかけてはいけない」と口うるさく言って周囲を気にする生き方をしていた人が、一番人に迷惑をかける人になってしまいます。私がこのような話題を振って反応してくれる人は周囲にはまだ少なく、いつもゴミ屋敷との孤独な格闘がストレスでした。

 

介護のためだけに新幹線で通うならさほど苦痛でなかったかもしれません。プロの介護スタッフさんと周囲の人々との連携を考えたスタイルで生活サポートできれば、アルツハイマーの他に持病のない母はとても扱いやすいのでむしろ楽なほうだったかもしれません。しかし連携もなにもそれ以前の住環境のでたらめさ具合が酷すぎて、肝心の介護にフォーカスできず埃・蜘蛛の巣・ガラクタだらけの室内で身体介助をすることになりました。通れない廊下の先にトイレがある、いちいち遠回りしないと移動できない生活動線が、その後父が何度も転倒して大怪我することに繋がるのでした。