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遠距離介護とゴミ屋敷問題

不仲な親の介護と実家のゴミ屋敷化に悩む皆さんへ

認知症は遺伝!?

母は5人きょうだいで他の4人も全員認知症です。先月一番下の弟が急死しました。同じ県内に住んでいて66歳で発症し、元旦に突然庭木を全部刈り込んでしまったり、県北の自宅から仙台市内まで運転していって帰り道がわからなくなったり、生まれ育った実家のトイレの場所がわからなくなったりといろいろありました。

 

田舎だと認知症に対する啓発もまだまだで診断がでても「なったものはしかたないっちゃ」ですませてしまいがちです。進行を遅らせるお薬の処方やデイサービスなど、とおりいっぺんの介護サービスを利用するにしても、本人が嫌がるからやめてしまったりあまり積極的に対応しようという空気ではありません。「もうトシだから呆けたんだ~」ぐらいの感じです。ただそれだと家族が困るわけです。母の弟に最後に会ったのは5年前でしたが、すでに私のことは誰かわからない。当時で要介護3だったようですがデイサービスも何も利用せず、様々なことがわからなくできなくなっていくのを家族も周囲も「困った」と口ではいいつつ傍観しているだけに見えました。

 

なんでなにもしないのかしら?身内のことなのに、生活にもゆとりのある家庭なのに。私はまた歯痒くなりました。いつも気掛かりではありましたが、前後して母の病状も進行し度重なる徘徊に悩まされて人の心配などする余裕がなくなっていきました。まさに己のことで手いっぱい。周囲に目配りなどできなくなっていました。原因はいつもごてごてすぎる対応の遅さです。すぐに対処すれば酷い徘徊で何度も警察のお世話になったり、夜中に血だらけで国道沿いで見つかったり、炎天下10時間も行方不明にならずに済んだはずでした。

 

認知症専門の母の主治医も毎月受診のたびに「デイサービスを利用しましょう」と父にアドバイスしてくれていたのに、有難い言葉を受け取らず「まだ考えていません」などと濁し結果大変なことになりました。自分に都合の悪い不愉快な母の行動、言動。誘導のとおり動いてくれず上手く介助のできない自分に苛立ち母を怒鳴るとますますいった通りに動いてくれません。あげく徘徊から失禁がはじまりました。明らかに母が混乱していたのです。よく認知症の本に「怒ったり否定してはいけません」とありますがまさにそのとおりです。思い通りにならない相手を怒ってもどうにもなりません。介護者としてあるまじき態度・考え方でまずは介護者教育こそ必要と私は考えています。

 

アルツハイマー認知症アミロイドβやタウたんぱくの蓄積が悪さをしてどうのこうのと解説されていて、遺伝要因も侮れないそうですが私は日頃の生活習慣やモノの考え方も大いに影響があると思っています。母の場合は遺伝要因もさることながら自分とは違う環境の人と付き合うことを好まず、いつも「ああいう人は教養がない」などと他人の批判・悪口ばかり言っていました。どんな人ならあなたに気に入られるんですか?と小一時間説教したいところですが、そんな人と接するだけで嫌な気分になるので私は距離を置くようになりました。すると連絡をしてこない私を非難する手紙を送りつけてくるようになりました。「近況報告をしないのはおかしい」などと綴られていましたが、こんな文章を書いてる途中でおかしいと思わないことがすでにおかしい。それを投函するなどますますおかしい。もう認知症が始まっていたのかもしれません。報告すればしたでまたそのことに対して批判的意見を述べるのですから避けられて当然です。自業自得なんですね。

 

日頃の生活習慣やモノの考え方とはつまり自分と異質の人やモノを排除する、自分と似通った人やモノだけと生活するということに集約されます。合わない事柄に無理に迎合する必要はありませんが「あ、それもありなんだ」「そう考えればいいのね」など自分の頭だけでは思いもよらない展開を導き出すには、できるだけ多くの異なる考えの他者との関わりが必要です。多種多様な考え方に触れたからといって自分軸がぶれるとかそんな不安を抱く必要はむしろまったくなくて、ぼんやりしていた思いがよりクリアになることのメリットのほうが大きいと私は思っています。

 

母は残念ながらそのように考えることのないまま認知症を発症し、皮肉なことに昔「教養がない」などとなじっていたような人々にお世話されるようになりました。遺伝要因と物事の捉え方、他人との関わり方がこの解明されていない病の鍵なのではないかと私は考えています。