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遠距離介護とゴミ屋敷問題

不仲な親の介護と実家のゴミ屋敷化に悩む皆さんへ

遺影の撮影

『縁起でもない‼』といって避けがちな話題ですが、いずれ必要になります。昨今の終活ブームで事前に納得のいく写真をスタジオ撮影する人も増えているそうです。

 
終末期に具合の悪い顔で撮影するのは難しく、かなり若い頃の今の面影をとどめない顔立ちの写真が使われることもあります。襟元だけ後付けしたものを、いくつも見たことがあります。
 
数年前、貸衣装屋さんの伯母と二人で母の和服を整理して、大島紬と私が『着るかもしれない』数枚を残し和箪笥二棹分すべて処分しました。
 
父から『元気なうちに元気な顔で撮影しよう』と提案があり、伯母に母の着付けをお願いして(上半身しか写らないので下はいつものズボンです)写真スタジオに同行してもらい撮影しました。
 
歩いてすぐの写真館ですが、一応着物なので車に乗せて連れていき介助してスタジオ入りしました。
 
最初はカメラマンさんが家に来てくれる予定だったのですが、やはり照明器具の問題などもありスタジオ撮影することになりました。
 
母は今よりもまだ足腰が丈夫だったので、素早く着付けしてご機嫌なままでとても良い表情の写真が撮れました。ついでに父の写真も一緒に撮ってしまいました。いずれやらなければならないけれど、別に急がなくてもいいや。今日、明日の話じゃないし。と延び延びにしている事は多いと思います。
 
『死ぬ』前提の話は避けてしまいがちです。やっぱり死にたくないですから(笑)でも前向きな捉え方でお気に入りの写真で送ってほしいとか、自分なき後はこんなふうに過ごしてほしいとか考えていくうちに、どんな人生の閉じ方をしたいかなど明確になっていき、しいては今日、明日をどう生きるかに繋がっていくような気がします。
 
エンディングノートもきっとそういう趣旨なのでしょうね。そこをもっと踏み込んで行動を起こすと公正証書遺言書、葬儀の希望、墓じまい、自宅の処分、終末期をどう過ごしたいかなどゴールに向かってどう生きるか真剣に自分と対話するきっかけになっていくかもしれません。今のところ私はひっそりとこの世を去りたいと思っていますが、ゴール近くになったらどうなるかわかりません(笑)
 
ちなみに二人分の遺影代金は66000円でした。