祟りがあるかもしれない、作った人の魂が入っている、供養しなければ・・・などいろいろ言われていて処分に躊躇するものの一つです。はっきり言って迷信です。
手数料払って供養したければすればいいし、粗塩を懐紙に包んで一緒に処分したければすればいいし、どんな形でも自分の気が済めばそれでいいでしょう。
私も母が大量に買い込んだなんの役にも立たないぬいぐるみ(しかも可愛くない)や置物や変な人形の処分に初めは躊躇していました。暫定的に衣装ケースに収めておきました。でもかわいがるとか飾るとか絶対にありません。
家具やがらくた処分が少しずつ進んで、いくつもの衣装ケースも減らす段階まできました。その頃にはモノを捨てることに罪悪感はなく、ためらうことなくゴミ袋にどんどん放り込めるようになっていました。慣れです。
最終的に処分のことまで考えた買い物ってなかなかできません。衣類や日用品は指定ゴミ袋に入るので、その気があればすぐ捨てられます。私は4年に及ぶゴミ屋敷片付けで買い物の段階から慎重になりました。処分がしんどそうなモノは初めから買いません。
旅先や出掛けた先で可愛い雑貨があったとします。経験値から私は「どうせゴミになるな」とすぐ判断し買いません。お饅頭やお菓子など消えモノは買います。人からも形の残るモノは貰いません。最終的にゴミになるからです。
こう書くとなんだかとてもドライでつまらない人みたいですが、体験とか絵画鑑賞とか、そこへ行かないと見れない景色のために出かけたりするのは大好きです。心が満たされるからです。
昔は買い物が大好きで、毎月新しく服や靴バッグなど、いいなと思うものは殆ど買っていました。ひとつひとつ丁寧に扱うなんてせずに飽きてすぐまた買っての繰り返し。モノで心が満たされるはずもなく、友達が持ってるモノは自分も買うみたいな感じでした。バブルですね~(笑)
母も同じだったのでしょう。舅姑の介護の辛さを父の姉妹に話せるわけもなく、仕事もしていた、自分の親も気になる、自身の更年期による不調、頭痛による不機嫌。もうループですね。どこかでリセットしないとおかしくなります。結果認知症です。
嫌だと断ると嫌われる非難される。という思い込み。自分を犠牲にして尽くすのが美徳で立派な人。みたいな評価。そのストレスのはけ口に買い物。もうそろそろやめませんか?と自問自答しています。
自分の心に正直に、どう思われるかばかりに意識を持っていかず内観する習慣を持ちたいものです。
ふなっしーは大好きなので大切にしています💖