遠距離介護とゴミ屋敷問題

不仲な親の介護と実家のゴミ屋敷化に悩む皆さんへ

介護者こそ自愛を楽しみを

父はフルートを習っています。月2回車で30分の教室へ習いにいくのを楽しみにしていました。母が認知症になる前までの話です。

 

いつも母が同行していて、近くのイオンに車を停めてレッスンの間買い物しながら待つという、双方にとって都合のいい待ち合わせの仕方をしていました。

 

認知症初期までは変わらず同じペースで習っていましたが、母の見当識障害が始まってからは今いる場所やなんのためにここにいるのかわからなくなり、レッスン終了後イオンに来た父が探せなくなったので習い事は諦めました。

 

その頃から母の徘徊、夜間頻尿、失禁に振り回され、自分のためだけに時間を使うことができなくなりました。せっかく楽しく習っていたのに「あれもできない、これもできない」で介護者の世界が閉じていきます。こうやって孤立や虐待に繋がっていきます。

 

少し介護に慣れてきた頃、実家でやっているピアノ教室をリフォームしました。それを機に訪問レッスンして下さる方がいるかどうか、前の教室に訊ねてみました。するとフリーで活動している先生を紹介されました。

 

不思議なご縁で、昭和47年に実家で教室をオープンした時のピアノの先生と関係のある方でした。なんだか巡り合わせという言葉が浮かびました。クラリネット専門ですが管楽器全般とピアノもでき、オーケストラの構成もできるマルチな方です。

 

2年ほど中断していたレッスンを、今度は自宅のピアノ教室でできるようになったのです。なんて恵まれているのでしょう!前と変わらずに、ピアノ教室のない日で母がデイサービスに出かけている昼間に、自分のためだけの時間を持てるようになったのです。恵まれています。

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様々なタイミングと巡り合わせのご縁が重なって、介護しながらでも趣味を諦めずに生活できています。毎年地区の敬老会やOB会で発表の場を戴いて、練習の励みになっているようです。

 

楽器は譜面を読みながら演奏するので、普段使わない頭のトレーニングになります。それに管楽器は肺を使うので、加齢と共に衰える呼吸器に働きかけます。いいことづくめです(笑)

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私が不在でも家を訪問してくれる人がいて、演奏指導や世間話ができて、閉じた生活になりがちな介護者である父に外の空気を届けてくれます。制約のある介護生活では、なかなか違う世界の人と話す機会そのものが減っていきますからとても幸せです。

 

たまたまのラッキーでしかありませんが「こうだからできない」より「だからこそできること」に視点を合わせれば、思いがけないチャンスが見つかるかもしれません。