遠距離介護とゴミ屋敷問題

不仲な親の介護と実家のゴミ屋敷化に悩む皆さんへ

実家の片付け 水屋編

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実家は田舎の本家ですから、昔は冠婚葬祭も家でやるものでした。なので飲食店並みの食器、お盆、グラス類の数々と旅館並みの寝具、座布団、座卓、日用品が揃っていました。

 

わたしの頭の中で民泊という言葉が渦巻くこともあります(笑)

 

両親も高齢になり、母がアルツハイマーを発症してから来客対応はできなくなり、来訪していた親戚も高齢ですから誰も訪ねてこなくなりました。

 

実家は東日本大震災の被災地でもあり、10年以上埃だらけで放置されている食器棚の中身を処分することにしました。

 

来客用食器は5組セットが多く、それがいくつも何種類も、変わった形の嵩張るものも多く、まずは出すだけでも大変な労力でした。

 

一つずつ見れば母の大好きな有田焼のかなり良い品ですが、既に役割が済んでいます。高かったけれど埃やシミを洗ってまで使う気にはなりません。食べ物を入れるんですから気持ち悪いです。

 

「勿体無い、使う人いるかもよ?」などと無責任なことを言う人もいますが「じゃあんたが探してきてよ」とバッサリ斬り捨てです。そんなことを言ってるからいつまでも片付かないのです。ゴミ屋敷住人の常套句です。

 

食器は重く、出すだけでも大変でした。そして普通の不燃ごみに出せる量ではありません。廊下にシェルフを縦列に二つ置いて、そこにも山盛りの汚い食器が積み重なっています。次に地震がきたら全部崩れてケガするのは目に見えてます。

 

高かったとか思い出がとかいってないで、命が大事ならただちに処分するべきです。

 

その年の12月、取り敢えず出せるだけ出した食器類をガラ袋に詰めて、地元の廃品回収業者さんに引き取ってもらいました。20袋くらいだったと思います。

 

田舎の業者さんは電話してもすぐ来てくれなかったり、予約がだいぶ先で私が千葉に戻ってるあいだに、父がまた元通りの場所に戻して予約を勝手にキャンセルしたり、処分がなかなか進まず、ゴミ屋敷で相当メンタルがやられました。

 

そもそも私がなんのために新幹線で毎月帰省してゴミ出ししてるのか?そこがわかってない父に苛立つばかりでした。

 

命の危険がある、動線すら確保できない、救急車がきても担架を出すスペースもなかった。それを繰り返し何度も何度も話してきかせても理解の及ばない自分の親にがっかりし、用もないガラクタに執着する愚かさにひたすら呆れるばかりでした。