遠距離介護とゴミ屋敷問題

不仲な親の介護と実家のゴミ屋敷化に悩む皆さんへ

創造的脱力って?

慶應義塾大学特任准教授の若新雄純先生の講義を聴いてきました。

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場所は東京大学ダイワユビキタス学術研究館という、隈研吾氏デザインの小洒落た建物でした。なんせ一階のオープンカフェが行列でインスタ映えしそうなイマドキ感。

 

若新先生は黒のチュニックワンピに七分丈デニム(ロールアップしてる♡)にサンダル、テレビ出演の時と同じチリチリ鳴るベルの形のネックレスの装いでした。

 

先生のお話は以前にも聴いたことがありましたが、一貫して「答えはない」と仰っておられます。

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昔は正解が用意されていましたが、今は「問い」を作るコミュニケーションと疑問の共有が必要とのことです。

 

それは昨今の「働き方改革」にも及び、高等教育を受けたら週五で働くものという縛りや、なぜ仕事の仕方はこのように設計されているのかなどの話題まで広がります。

 

若新先生のお父様の時代はコップの不足を満タンにする努力をしていましたが、今は初めからコップはいっぱい。

 

足りないから満たすのではなく、溢れるを目指すのだとか。

 

溢れてどっちに水が流れていくか予想できないことを楽しめたら、とのことでした。不足を満たす行為は答えはわかっているから。

 

昨年の博多の陥没事故を例に、日本人が好む問題が起きたら問題をなくす、全員の目指すゴールが同じ、明確なゴールのある事例はもう殆どないのだということでした。

 

成果よりも発見が大切で、結果が見えないプロセスを若者は楽しむのだそうです。

 

言いたいことを第三者の評価抜きに言えることが大切と結んでおられました。

 

正解ありきの行動を無自覚にしがちな私は、今日はいつもと違うほうへ寄り道してみようと思いました。さて、溢れた水はどこへ流れるかな?