遠距離介護とゴミ屋敷問題

不仲な親の介護と実家のゴミ屋敷化に悩む皆さんへ

体の知性を取り戻す

正しくあろうとすることが不安を呼び込む。

 

この不安の背景には社会的な期待にかなうことが良いことだという思い込みがある。

 

不安の穴を塞ごうとノウハウや想定がひねり出される 。

 

私の好きすぎるフレーズが散りばめられた本を読みツィートを辿り、やはりお会いしたい気持ちが高まり実現しました。

 

インタビュアーでもあり、武道も嗜む尹雄大さんにお会いしてきました。

 

思っていたより小柄で細身ではにかみ屋さんで驚きました。どこからこんな鋭い言葉が出てくるの⁈って。

 

数日前に福岡のご自宅を出発する際「東京は寒いですか?上着は必要ですか?」の問いかけを見つけたので「裏地(ライナー)のない薄いものがあると重宝しますよ」とお返事すると「有難うございます」というやり取りがあり「あれ、私なんですよ‼︎」とアピールしました。

 

本当に上着を持ってこられたそうでほんのり嬉しかったのでした。

 

この日のお題は「まだ語られていない言葉を聴く」というタイトルで、すでに語られた言葉で語ることができないものが存在するのだというお話でした。

 

アイヌ集落のお友達の例を出して、負の感情をまず横においてやってみる。手に入れられなかったら「それは欲しくなかった」と解釈する。失敗したと思わない。頭の手続きが少ない。やりたいのにできないという感覚がないのだとか。

 

そして今日獲れない獲物は追いかけない、ある分しか食べない。今できないことはやりたくないからだろう?ということらしいです。

 

つまり多くの人が未来を予測することで不安になり対策を立て、知れば知るほど不安になりまた何か知ろうとする。

 

まさに今の私を見透かされたようなトークでした。

 

他にもまだまだあったのですが、実際お会いしてお話するのが一番と思います。

 

印象に残ったのが幸福はいずれ達成されるものではなく、あなたと私のあいだのいつも通り過ぎてはやってくるなにか。ゴールではなく、日々のせめぎ合いの中に咲くもの。といういうフレーズです。

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最後におやつまでご馳走になり、幸せが通り過ぎる感覚を味わえた夜でした。