なんだかんだいつも介護に囚われている自分がいて「こうなったら困るな。でもその時は対応するしかないな」
と思いつつ不安を先取りして勝手に憂鬱になっています。
いつも体調を万全に整えて帰省しますが、着いた先で様々な雑務が待っていて毎回くじけそうになります。
起きている事実と私の感情をなかなか切り離せず、気持ちが落ち込むことも多いのです。
簡単にいうと将来を悲観する
まさに杞憂
まだなにも起きてないじゃん
そんな不安症な私の話を聞いてくれる方がいて「この世はすべて幻」と諭されました。
それなら努力して頑張っても幻
なにもせずダラダラ過ごしても幻
あ〜なんかむかし天平の甍を読んだときに感じたなにかと同じ気がしました。
http://www.shinchosha.co.jp/sp/book/106311/
※日本の僧侶が鑑真と一緒に日本を目指すけれど、何度も船は難破して検討違いな方向へ航行し、あげく唐の国で一緒に学んでいた同僚は現地で中国人女性と家庭を持ってしまい帰国する気は失せている。苦労して写した経典もすべて海の彼方へ消えて自分はなにをやってるんだ⁉︎という心情が綴られていた気が。
うまく言い表せないのだけど、なんだろう。
虚しいとも違う常に心を乱さず、ただ目の前のことに対応するみたいな感じかしら。
それを時々思い出すと勝手に悲壮感に暮れる頻度も落ちて、今まだ途中の相続手続きも時間をかけて解決していけばいいやと思えます。
手元に未解決・未決済の宿題があるのが嫌でさっさと処理してしまいたい性分なのですが、慌てていいことばかりでもないようです。
こうしてなにかを思い煩っているのも幻なのだとしたら、心を砕くだけ時間の浪費ということになるのかな。